遅くなりましたが、6月9日に宮城県は多賀城にでかけてきましたので、簡単レポートです。
さて、仙台から多賀城市へはJRの東北線と仙石線があるのですが、まずは仙石線を選択。仙石線は仙台付近では地下化されていて、近郊の通勤路線でもあるみたいで、意外と人が多い。
そして、多賀城駅に到着。ちなみに多賀城駅は多賀城市の駅という意味で多賀城駅になっているようで、駅の近くには歴史で有名な多賀城はありません。その多賀城の最寄りの駅は東北線の国府多賀城駅になります。
多賀城駅からは、歩いて多賀城廃寺へ。多賀城廃寺は多賀城の創建と同時期に作られたようで、多賀城と関わりが深そうということ。また、当時の本当の寺の名前は「観音寺」と言われてたようです。
実際に現地に行ってみると、少し丘になった所に立てられた立派な敷地で、当時の興隆ぶりが伝わってくるようでした。約千年以上も前に、多くの人が祈りに集まったかと思うと感慨も深かったです。
また、多賀城廃寺の北にあった多賀神社では、神社の由来に近江の多賀から来た人が多賀大社を勧請したと書かれてありました。明確に書かれてないのですが、多賀城の「多賀」ってのは、滋賀県の多賀から来てるのでしょうか。
次に東北歴史博物館へ。広くて、立派な博物館・・。東北の旧石器時代から昭和中期までの歴史を辿る事ができます。展示も色々と工夫されていて、楽しむ事ができました。
また、博物館の北側には今野家住宅という、昔の東北の民家が移築されていて、中を見てまわれます。ボランティアの方が居て、家の中を丁寧に案内させてもらえました。
最後に、いよいよ多賀城へ。行くまでは多賀城といえば、平地に築かれ、柵で囲まれた陣地みたいなのをイメージしていたのですが、まったく違いました。
まずは、思った以上に広いです。四辺が600メートルから1000メートルもある四角形になっていて、中には山あり川あり。
さらに、城としての役割よりも、東北を治める役所も兼ねていて、城というよりも国府というほうがしっくりくる感じです。博物館の展示にあったのですが、詩人で有名な大伴家持が多賀城で多くの行政文書の作成に関わったとの事です。
写真は多賀城南門にある、多賀城碑の堂。
多賀城の真ん中には政庁跡があり、内裏のような区画になっています。まさに強者どもが夢の跡という感じでしたが、造りの立派さは見応えがありました。
最近のコメント